ツール

ビットの歴史: フラットヘッド

ドライバービットの歴史を紹介する新連載の第3回目です。

私が19歳のとき、カリフォルニア大学サンタクルーズ校に入学し、オルタナティブな生活と実験的なアメリカ文学に身を投じようとしたとき、威圧的でありながら有能で広い肩幅と威勢のいい声量を持つ父は、私にピンクのツールボックスを手渡してくれました。レンチとペンチ、そしてドライバー2本が入っていて、優しく父に頭を撫でられた私は「このツールボックスと英語を上手く操ることさえ出来れば、成人への第一歩を踏み出せるはず」と確信しました。

2年間、そのツールボックスは賃貸料が高すぎて猫の額ほどしかないアパートの片隅に置かれていました。給湯器のすぐそばで、ケースは安全に締まっているはず(実は開きっぱなしだった)でした。アパートの中で何かが壊れると、私はピンクの箱を引っ張り出し、スパナを手繰り寄せ、太い柄のドライバーを手に修理しました。

このドライバーは父のように、どっしりと構えていて安心感があります。おまけに不器用で大雑把な女性として成長した私にぴったりでした。当時は名前すらも知りませんでしたが、父が私に持たせてくれたのは、フィリップス(プラス)とフラットヘッド(マイナス)という2種類のドライバーでした。

私のお気に入りはフラットヘッドでした。

フラットヘッドは、私と同じようにあまり頼りにできないドライバーでした。ネジは握ったところから転げ落ち、ネジ溝から滑り落ち、何度か怪我をしそうになったこともあります。エレガンスとは程遠いものの、問題を解決に導いてくれます。忍耐と適度な角度の調整、強大な力があれば、フラットヘッドドライバーでどんなネジでも(うまく装着しようが、しまいが)外せます。結果として、ネジの破損は免れませんが。フラットヘッドは、チャールズディケンズの小説に出てくる聖職者のように頑強で不屈の精神を持ち、どんな困難にも屈指ません。

そこが私が気に入っている点です。フラットヘッドは、紛れもなく実用品です。それもそのはず、フラットヘッドは最も古いドライバーです。スタンダード、コモンブレード、フラットブレード、スロットヘッド、ストレート、フラットチップ、そしてもちろん「フラットヘッド」と、長年にわたって様々な名称で呼ばれてきました。しかし、Wikipediaによると、”フラットヘッド “という名称はバカげた名前で、それはフラットヘッドという名前のくせにネジ頭は平らでないからです。

Flathead screwdriver

しかし、今から四半世紀ほど前、このフラットヘッドドライバーは「screw-turner(ねじ回し)」(ドイツ語でSchraubendreher)あるいは「Turn-screw(ねじを回すもの)」(フランス語で tournevis)と呼ばれていました。その頃から、書物にもこれらの名称が登場するようになりましたが、それ以前の記述はほとんどありません。「One Good Turn:ドライバーの自然史」の著者であるヴィトルド・リプチンスキー(Witold Rybczynski)は、1765年に出版されたインラストレーションの中に、刃渡りの短いマイナスドライバーを発見しましたが、これは私が大学入学時に父親に渡されたものとあまり変わりません。

“何を期待していたのか分かりませんが、この工具は現代の一般的なドライバーに似ていてがっかりしました “とRybczynskiは書いています。

画像は1922年版グッデルプラット社コンプリートカタログより、パブリックドメインで公開されています。

 

これを読んで、安定性を重んじる女性としては、がっかりという気持ちはありません。むしろ、数年単位で車種が進化する時代に、何百年も変わらないというのは、ある種の安心感があります。もちろん、リブシンスキーが掲載した1765年のイラストは、世界初のドライバーではありません。ねじ(その大部分はマイナスねじだった)の歴史はもっと古く、1588年の技術書、1556年の冶金学書、そして1400年代後半のイラストに描かれた手錠の中に、マイナスネジがあることが分かっています。また、1480年代には、鉄砲製造で使用されたり、戦いで身につける鎧を固定するためにネジが使われていました。つまり、ネジがあるところには、ドライバーがあります。

A Natural History of Screwdrivers
1570-80年頃に作られたWheellockピストルと、それに合わせたプライミングフラスク/スパナーのペアには、マイナスネジが確認できます。Image in the Public Domain.

一言で言うと、フラットヘッドドライバーは古いものです。

もちろん、最初のフラットヘッドの多くは、ドライバーではなかった可能性もあります。いざとなれば、ナイフやコインなど、多様なものがフラットヘッドの代用品になります。中世時代では、専用ドライバーが特別なものだったとしたら、それはネジも同じです。安価で簡単に作れる釘とは違い、ネジは同じ金属から成形するプロセスでも多くの時間と費用、そして職人の技術が必要でした。

それが次第に一変してきます。1700年代後半になると、ネジの需要が増えたことに伴い、機械が製造を引き継ぎました。1800年代半ば、産業革命中のイギリスでは、安価なマイナスネジが大量生産されるようになりました。それ以降、フラットヘッドドライバーは必需品となりました。それから間もなく、多くの人々はマイナスねじが主力の留め金であると認めながらも、そこには欠陥があることに気づき始めました。

リブチンスキーは、「溝付きネジには、いくつか欠点がある。カムアウト、つまりドライバーがスロットから滑り出しやすく、固定する材料を傷つけたり、指を怪我したり、あるいはその両方を引き起こすことがあります。」と述べています。

その後、さまざまな種類のネジやドライバーがすさまじい勢いで登場し、その多くがiFixitのManta Driver KitMahi Driver Kitに含まれています。フラットヘッドは依然として辛抱強く、昔から一切変わっていません。不完全さを備えたまま。現代ハイテク社会の中に、いまだに居座っている不器用なネアンデルタール人のようです。

Flathead screwdriver bit
1945年に出版された海軍工具マニュアル「Use of Tools」に掲載されたマイナスドライバーのビット図.

しかし欠点はあっても、私のピンクのツールボックス中で、最も信頼できて、使い慣れた工具でした。いや、おそらくツールボックスの中で最高の工具でした。少なくとも、私はそう思うようにしています。

500年にもわたる長い付き合いの中で、フラットヘッドは私たちの生活に永久に刷り込まれたのかもしれません。これほど長い年月を共に過ごすうちに、私たちは一種の遺伝的類似性を獲得したのかもしれません。結婚して数十年後に夫婦が似てくるように。私たちがいつもフラットヘッドに回帰するのは、フラットヘッドが私たちと同じで強気で不完全だからでしょうか。あるいは、私の中にあるサンタクルーズでの大学時代がこだましているだけかもしれません。

フラットヘッドは確実に役割を果たしてくれます。おそらく…それだけで十分なのです。

 

翻訳: Midori Doi